伊予湯岡碑(レプリカ)
道後公園にある碑。聖徳太子の道後来湯にまつわる碑文の伝承を伝える(原碑は現存せず)。道後温泉は日本三古湯の一つで、万葉集にもうたわれた古湯。
伊予湯岡碑(いよのゆおかのひ)は、道後公園にある碑で、道後温泉の古い歴史を伝えるものです。
由来
聖徳太子が道後温泉を訪れた際に、その様子を記した碑文が湯岡(現在の道後付近)に立てられたという伝承にちなむ碑です。原碑は現存せず、ここにあるのはその伝承を伝えるものとされます。
道後温泉は日本三古湯の一つといわれ、その存在は古代から知られてきました。『万葉集』巻一にも道後の湯がうたわれ、道後温泉別館 飛鳥乃湯泉の名も、聖徳太子らの来湯伝承にちなんでいます。碑は、道後の湯が古くから知られた名湯であることを伝えるスポットです。
出典: 「道後温泉」Wikipedia(CC BY-SA) 最終確認日: 2026年7月
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道後公園にある句碑。俳号「愚陀仏」の文豪・夏目漱石(1867〜1916)を伝える。漱石は明治28年に松山へ赴任し、その体験が小説『坊っちゃん』に生かされた。
小林一茶句碑
道後公園・子規記念博物館前にある小林一茶の句碑。江戸後期を代表する俳人の句を伝えます。
祝谷公民館前の酒井黙然句碑
松山市祝谷の公民館前に建つ、俳人・酒井黙然の句を刻んだ句碑。俳句のまち松山に点在する句碑のひとつ。
森盲天外句碑
道後温泉本館前の放生園にある句碑。道後湯之町長を務めた政治家・俳人の森盲天外(1864〜1934)を伝える。子規に師事し「天外」の俳号を受けた。
河東碧梧桐句碑(道後公園内)
道後公園内にある句碑。松山出身の俳人・河東碧梧桐(1873〜1937)を伝える。碧梧桐は正岡子規門下で、新傾向俳句を推進した革新派として知られる。
種田山頭火句碑(長建寺)
松山市御幸の長建寺にある句碑。自由律俳句の俳人・種田山頭火(1882〜1940)を伝える。山頭火は晩年を松山の庵「一草庵」で過ごし、当地で没した。
松山神社の酒井黙然句碑
松山市祝谷東町の松山神社の境内に建つ、俳人・酒井黙然の句を刻んだ句碑。参拝とあわせて見られる。
内藤鳴雪句碑
道後公園にある句碑。「元日や一系の天子不二の山」を刻む。大正7年(1918年)、俳人・内藤鳴雪(1847〜1926)の長寿を祝う寿碑として旧寮生らが建てた。