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石手寺 ― 四国霊場第51番、国宝の仁王門と衛門三郎伝説

道後温泉から歩いて約20分の四国八十八ヶ所第51番札所・石手寺。歩きと伊予鉄バス⑧番線での行き方、納経所と宝物館の時間、国宝の仁王門と衛門三郎伝説を、寺と霊場会の公式情報で紹介します。

石手寺(いしてじ)は、道後温泉から東へ歩いて20分ほどの四国八十八ヶ所霊場の第51番札所です。正式には熊野山虚空蔵院石手寺と号する真言宗豊山派の寺で、本尊は薬師如来。湯めぐりの合間に参る人もいます。

見どころ早見

見どころ内容
国宝の仁王門鎌倉時代の楼門。門の金剛力士立像は重要文化財
回廊の参道屋根のかかった参道に仲見世のみやげ店が並ぶ
衛門三郎伝説「石手寺」の名の由来になった、遍路の元祖の再来伝説
  • 所在地は松山市石手二丁目9番21号。
  • 駐車場はあり、宿坊はなし(四国八十八ヶ所霊場会の案内)。

道後からの行き方

行き方目安出どころ
歩く(道後温泉駅から)約16分・1.3km石手寺公式「アクセス」
歩く(道後温泉から)20分程度道後温泉公式エリアガイド
伊予鉄バス ⑧番線道後温泉駅前から「石手寺」まで4分(時刻表の発着時刻の差)伊予鉄の時刻表

⑧番線は道後温泉駅前を出て、石手寺・東野・新立を通り、松山市駅・JR松山駅へ向かう路線です。発車時刻と運賃は伊予鉄の時刻表と運賃検索で調べてください。

行基と空海、そして寺の始まり

寺伝では、神亀5年(728年)に伊予国の太守・越智玉純(おちのたまずみ)がこの地を霊地と悟って熊野十二社権現を祀りました。聖武天皇の勅願所となり、翌天平元年(729年)に行基が薬師如来を刻んだのが始まりと伝わります。創建当時は安養寺と称する法相宗の寺で、弘仁4年(813年)に空海(弘法大師)が訪れて真言宗に改めたとされます。

「石手寺」の名と衛門三郎伝説

石手寺は、四国遍路の元祖とされる衛門三郎の再来伝説ゆかりの寺です。豪農だった衛門三郎は弘法大師を追って四国巡礼を始め、巡礼中に病に倒れ、生まれ変わって河野家に生まれたとされます。寛平4年(892年)、領主・河野息利の長男・息方が当寺で祈祷を受けると、握っていた手のひらから「衛門三郎再生」と書かれた石が出てきました。この石にちなんで「石手寺」と呼ばれるようになったと伝わります。

回廊形式の参道と祈願の場所

参道は回廊形式で、仲見世のみやげ店が並びます。霊場会の案内には、安産や子宝に恵まれるとされる訶梨帝母天堂(かりていもてんどう)も載っています。

  • お堂の周囲には返された石が積まれ、名前や感謝の言葉が刻まれている。
  • 門前の洗い石、別名「渡らずの橋」、落書き堂、阿弥陀堂なども案内されている。
  • 阿弥陀堂は仁王門を入って左側にあり、ぼけ防止を願う参拝者が多い。

国宝の仁王門と、鎌倉の伽藍

  • 国宝の仁王門は三間一戸楼門・入母屋造・本瓦葺で、霊場会の案内では高さ7m、横4m。『伊予古蹟志』には文保2年(1318年)の建立と記される。
  • 門の木造金剛力士立像は1240年頃の運慶派の作とされ、重要文化財。
  • 本堂・三重塔・鐘楼・五輪塔・訶梨帝母天堂・護摩堂など、重要文化財の建物が並ぶ。
  • 銅鐘には「建長3年」(1251年)の銘があり、愛媛県最古と案内されている。

文学の面影と参拝

境内には正岡子規の「南無大師石手の寺よ稲の花」をはじめ、句碑・歌碑が点在します。

項目時間・料金出どころ
納経所17時まで。始まりは「当寺院について」の頁が8時、「境内紹介」の頁が7時石手寺公式
宝物館8時〜17時・200円石手寺公式「当寺院について」

閉門の時刻や、朝早くに納経できるかは、寺(089-977-0870)に確かめてください。

年末年始に石手寺へ行く前に確かめることは道後で初詣にまとめています。

出典:

最終確認日: 2026年10月23日

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出典・参考資料

最終確認: 2026年10月