読み物・伝説

白鷺伝説と玉の石 ― 道後温泉、二つの起源物語

道後温泉の起源として伝わる二つの物語、白鷺伝説と玉の石を要約から紹介します。玉の石は本館の北側(正面に向かって左)にあり、ひしゃくでお湯をかけてお祈りすると願いが叶うといわれます。放生園の鷺石、白鷺の名を持つ本館の貸切室もまとめています。

白鷺伝説と玉の石

  • 白鷺伝説:脛を傷めた白鷺が岩の間から湧く湯に毎日脛を浸し、治って飛び去った。それを見て人が湯を知った、という話。
  • 玉の石:病に倒れた少彦名命(すくなひこなのみこと)を大国主命(おおくにぬしのみこと)が道後の湯に浸すと元気になり、石の上で舞った。その石が、本館の北側にある「玉の石」。

傷ついた白鷺が見つけた湯

道後温泉には、その発見をめぐる古い物語が二つ伝わっています。ひとつが「白鷺伝説」です。昔、足を痛めた一羽の白鷺が、岩の間から流れ出る湯に足を浸していたところ、やがて傷が癒えて元気に飛び立った――という話です。それを見た村人が湯に手を浸すと温かく、温泉であると気づきました。

本館の塔屋「振鷺閣」の名や、各所の白鷺の意匠は、この伝説に由来します。

史料に残る白鷺の場面

道後温泉公式サイトは、この話を、宝永7年(1710年)に完成した郷土地誌『予陽郡郷俚諺集』の記述として紹介しています。道後の湯の来歴は道後温泉の歴史にあります。

大国主命と少彦名命 ― 湯の神話

もうひとつは、『伊予国風土記』逸文に記された神話です。大国主命と少彦名命が伊予の国へ旅をしていたとき、少彦名命が急な病に倒れました。大国主命は、大分の「速見の湯」を海底に管を通して道後へ導き、少彦名命を手のひらに載せて湯に浸したところ、みるみる元気を取り戻したといいます。松山市の案内では、少彦名命は「ましましいねたるかも(しばらく寝ていたようだ)」と叫んで、石の上で舞ったとされています。

「玉の石」はどこにあるか・どうお参りするか

  • 場所は道後温泉本館の北側。看板のある正面に向かって左側にある。
  • 少彦名命の足跡が残っているといわれる。
  • 松山市の案内によると、ひしゃくでお湯をかけてお祈りすると願いが叶うといわれている。
  • 道後温泉別館 飛鳥乃湯泉の個室「玉之石の間」には、玉の石伝説を八幡浜の伝統工芸「筒描染」で表した約10メートルの染め物がある。

放生園の鷺石

道後温泉駅前の放生園には「鷺石」があります。松山市の案内によると、温泉で傷を癒した鷺がとまっていた石といわれ、表面に足跡のようなものが見られます。放生園には、本館で使われていた湯釜から湯が流れる足湯もあります。駅前の広場の様子は道後温泉駅と放生園にまとめています。

白鷺の名を持つ本館の部屋

道後温泉本館の公式サイトには、霊の湯三階貸切室「しらさぎの間」と「飛翔の間」の紹介があります。しらさぎの間からは振鷺閣の上に降り立つ白鷺を眺められ、傷が治って喜び飛び跳ねているように見えることが名前の背景とされています。飛翔の間から見る白鷺は、傷を癒した白鷺が大空へ飛び立ったように見えると説明されています。

出典:

最終確認日: 2026年10月23日

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最終確認: 2026年10月