読み物・神社

道後の守り神・伊佐爾波神社 ― 全国三例の八幡造と、算額の社

道後温泉本館の石段を上った先に鎮座する伊佐爾波神社。湯築城とともに動いた歴史、全国に三例しかない八幡造の社殿、そして奉納された算額まで、道後の千年を見守ってきた社を一次資料にもとづいて紹介します。

湯の町を見下ろす、石段の上へ

道後温泉本館から東へ、長い石段を上りきった小高い丘に鎮座するのが**伊佐爾波神社(いさにわじんじゃ)**です。「湯月八幡宮」「道後八幡」の別名でも呼ばれ、応神天皇・仲哀天皇・神功皇后・宗像三女神を祀ります。『延喜式』にも名の見える式内社の古社で、神功皇后・仲哀天皇の来湯伝承とも古くから結びついてきました。

湯築城とともに動いた社

社はもともと、いまの道後公園(湯築城跡)のある場所にありました。建武年間、この地を治めた河野通盛が湯築城を築くにあたって、神社は現在地へと移されたと伝えられます。道後の神社の歴史は、湯の町を治めた者たちの歴史とも重なっているのです。

全国に三例だけの「八幡造」

現存する社殿は、寛文7年(1667年)に松山藩主・松平定長によって造営されました。この社殿は、京都の石清水八幡宮を模したとされる**八幡造(はちまんづくり)**という様式で、大分の宇佐神宮・京都の石清水八幡宮とあわせ、全国に三例しかない貴重なものです。国の重要文化財に指定されており、朱塗りの社殿が石段の上に鮮やかに映えます。

算額と太刀 ― 伝えられた宝

境内には、江戸時代後期から明治にかけて奉納された算額(和算の問題や解答を絵馬に記して奉納したもの)が22面伝わり、愛媛県指定の有形民俗文化財となっています。数学の問いを神前に捧げるという、当時の人々の学びへの熱意が偲ばれます。ほかに、銘「国行」の太刀も重要文化財として伝えられています。例祭は10月6日。湯めぐりの合間に石段を上れば、道後の千年を静かに見守ってきた社の空気にふれられます。

※ 社殿の公開状況・行事の日程は変わる場合があります。参拝の際は現地・公式情報をご確認ください。

この記事に登場するスポット

出典・参考資料

最終確認: 2026年7月