湯神社
道後温泉の守護神として祀られる冠山の神社。主祭神は大己貴命・少彦名命。地震で止まった湯が祈祷で再び湧いたという言い伝えが残ります。
湯神社は、松山市道後の冠山に鎮座する神社で、道後温泉の守護神として古くから信仰されてきました。主祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)と少彦名命(すくなひこなのみこと)で、相殿には出雲崗神社の素盞嗚命・稲田姫命を祀ります。社名は道後温泉に由来します。
由緒
景行天皇が皇后とともに当地へ行幸した際、道後温泉の守護神として創建されたと伝えられます。もとは鷺谷に鎮座し、のちに現在の冠山へ遷りました。
温泉と湯神社
宝永4年(1707年)の地震で道後温泉の出湯が止まった際、湯神社で祈祷が行われ、再び湯が湧き出したという言い伝えがあります。温泉の恵みと結びついた神社として親しまれてきました。
祭礼
例祭は10月6日です。3月19日〜21日の湯祈祷祭の期間には、松山春まつり(道後温泉まつり)が行われます。
アクセス
道後温泉本館の近く、冠山(空の散歩道と同じ高台)に鎮座しています。
出典: 「湯神社」Wikipedia(CC BY-SA)ほか。最新情報は現地・公式情報をご確認ください。
最終確認日: 2026年7月
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