
森盲天外句碑
道後温泉本館前の放生園にある句碑。道後湯之町長を務めた政治家・俳人の森盲天外(1864〜1934)を伝える。子規に師事し「天外」の俳号を受けた。
森盲天外句碑(もりもうてんがいくひ)は、道後温泉本館前の放生園にある句碑で、道後ゆかりの政治家・俳人、森盲天外を伝えます。
森盲天外
森盲天外(本名・森恒太郎、1864〜1934)は、愛媛県会議員や余土村長、道後湯之町長を務めた政治家です。県会議員在任中に眼病で失明しながらも、明治31年(1898年)に余土村長となり、日本初の盲人村長として村政に尽力しました。退職金をもとに私立愛媛盲唖学校(現・愛媛県立松山盲学校)を設立するなど盲教育にも力を注ぎ、昭和7年(1932年)には道後湯之町長に就任しています。
俳句にも優れ、正岡子規に師事しました。子規から「天外」の俳号を受け、自らは「盲天外」と称しました。
句碑のある放生園は道後温泉本館のすぐ前にあり、足湯や坊っちゃんカラクリ時計とあわせて立ち寄れます。
出典: 「森恒太郎」Wikipedia(CC BY-SA) 最終確認日: 2026年7月



