夏目漱石句碑

夏目漱石句碑

道後公園の北入口にある句碑。夏目漱石「半鐘と並んで高き冬木哉」と正岡子規の句を並べて刻み、昭和61年に建てられた。

夏目漱石句碑は、道後公園の北入口にある句碑です。夏目漱石の「半鐘と並んで高き冬木哉」と、正岡子規の「ふゆ枯や鏡にうつる雲の影」の2句が並べて刻まれています。昭和61年(1986年)11月2日、国際ロータリー第267地区の年次大会を記念して建てられました。

夏目漱石と松山

夏目漱石(1867〜1916)は、『吾輩は猫である』『坊っちゃん』などで知られる小説家です。俳号を「愚陀仏」といい、俳句にも親しみました。明治28年(1895年)、松山の愛媛県尋常中学校へ英語教師として赴任し、この体験が小説『坊っちゃん』に生かされました。同じ年、松山へ帰郷した子規が漱石の下宿に同宿し、ともに句会を開いています。2人の句を並べたこの碑は、その交流を伝えています。

出典: 松山市立子規記念博物館「えひめの句碑」 http://www.haiku-matsuyama.jp/dogo/210/ /「夏目漱石」Wikipedia(CC BY-SA) 最終確認日: 2026年10月5日

道後公園・伊佐爾波神社エリアの他のスポット

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CHAHARU離れ 道後夢蔵

道後温泉 茶玻瑠の離れとして道後湯月町にある宿。夢庵・月庵など7室の客室を備えます。

正岡子規句碑

道後公園内、子規記念博物館の前にある正岡子規の碑。短歌「足なへの病いゆとふ伊豫の湯に」を刻み、昭和26年の子規五十年祭に建てられた。

宝厳寺

時宗の開祖・一遍上人が生まれたと伝わる道後の寺院。2013年の火災で本堂を焼失しましたが、2016年に再建されました。

道後公園(湯築城跡)

中世の湯築城跡を整備した公園。伊予国の守護・河野氏の居城跡で、国の史跡に指定されています。武家屋敷や土塁の展示、資料館、展望台があります。

Kimono Bar -CHAHARU-

道後温泉 茶玻瑠の1階にあるバー。和の設えの空間で日本酒・カクテル・地ビールなどを提供します。営業は木曜から日曜の夜。

伊佐爾波神社

道後の高台に鎮座する八幡造の神社。現存する社殿は寛文7年(1667年)に松山藩主・松平定長が造営したもので、本殿ほかが国の重要文化財に指定されています。

松山観光臨時駐車場

繁忙期など指定日のみ開放される約60台の無料臨時駐車場。

道後公園展望台

湯築城跡である道後公園の中央の高台頂上にある展望台。松山城や北条の海、忽那諸島、いよてつ高島屋の観覧車「くるりん」を望める。

「石碑・句碑」の他のスポット

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伊予湯岡碑(レプリカ)

道後温泉別館 飛鳥乃湯泉の中庭にある温泉碑。聖徳太子の来湯を記したと伝わる伊予湯岡碑にちなみ、「法華義疏」の文字で碑文を表している。

石手寺参道の正岡子規句碑

四国霊場第51番札所・石手寺の参道にある正岡子規の句碑。国宝の二王門で知られる石手寺への参拝とあわせて立ち寄れる。

種田山頭火句碑(長建寺)

松山市御幸の長建寺にある句碑。自由律俳句の俳人・種田山頭火(1882〜1940)を伝える。山頭火は晩年を松山の庵「一草庵」で過ごし、当地で没した。

伊佐庭翁頌徳碑

道後公園にある記念碑。明治27年(1894年)の道後温泉本館改築を主導した初代道後湯之町長・伊佐庭如矢の功績をたたえる。本館は国の重要文化財。

皇太子殿下駐駕所碑

道後公園内の石碑。皇太子が立ち寄ったことを示す「駐駕所」の碑で、園内散策の際に見られる。

内藤鳴雪句碑

道後公園にある句碑。「元日や一系の天子不二の山」を刻む。大正7年(1918年)、俳人・内藤鳴雪(1847〜1926)の長寿を祝う寿碑として旧寮生らが建てた。

正岡子規句碑

道後公園内、子規記念博物館の前にある正岡子規の碑。短歌「足なへの病いゆとふ伊豫の湯に」を刻み、昭和26年の子規五十年祭に建てられた。

祝谷公民館前の酒井黙禅句碑

祝谷の道後公民館祝谷分館にある酒井黙禅の句碑。「春光や三百年の城の景」を刻み、昭和37年に除幕された。