夏目漱石句碑
道後公園にある句碑。俳号「愚陀仏」の文豪・夏目漱石(1867〜1916)を伝える。漱石は明治28年に松山へ赴任し、その体験が小説『坊っちゃん』に生かされた。
夏目漱石句碑(なつめそうせきくひ)は、道後公園にある句碑で、小説『坊っちゃん』ゆかりの文豪・夏目漱石を伝えます。
夏目漱石と松山
夏目漱石(1867〜1916)は、『吾輩は猫である』『坊っちゃん』などで知られる小説家です。俳号を「愚陀仏」といい、俳句にも親しみました。明治28年(1895年)、帝国大学を卒業して松山の愛媛県尋常中学校へ英語教師として赴任し、この松山での体験が小説『坊っちゃん』(1905年)に生かされました。
同じ年、病を得て松山へ帰郷した正岡子規が漱石の下宿に同宿し、ともに俳句会を開くなど交流を深めています。道後温泉は『坊っちゃん』の作中にも描かれ、この句碑はその縁を今に伝えています。
出典: 「夏目漱石」「正岡子規」Wikipedia(CC BY-SA) 最終確認日: 2026年7月
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四国霊場第51番札所・石手寺の参道にある正岡子規の句碑。国宝の二王門で知られる石手寺への参拝とあわせて立ち寄れる。
河東碧梧桐句碑(道後公園内)
道後公園内にある句碑。松山出身の俳人・河東碧梧桐(1873〜1937)を伝える。碧梧桐は正岡子規門下で、新傾向俳句を推進した革新派として知られる。
皇太子殿下駐駕所碑
道後公園内の石碑。皇太子が立ち寄ったことを示す「駐駕所」の碑で、園内散策の際に見られる。
種田山頭火句碑(長建寺)
松山市御幸の長建寺にある句碑。自由律俳句の俳人・種田山頭火(1882〜1940)を伝える。山頭火は晩年を松山の庵「一草庵」で過ごし、当地で没した。
伊佐庭翁頌徳碑
道後公園にある記念碑。明治27年(1894年)の道後温泉本館改築を主導した初代道後湯之町長・伊佐庭如矢の功績をたたえる。本館は国の重要文化財。
岩堰遊園地の酒井黙然句碑
松山市石手・岩堰の遊園地内に建つ、俳人・酒井黙然の句を刻んだ句碑。散策途上に見られる。
内藤鳴雪句碑
道後公園にある句碑。「元日や一系の天子不二の山」を刻む。大正7年(1918年)、俳人・内藤鳴雪(1847〜1926)の長寿を祝う寿碑として旧寮生らが建てた。
正岡子規句碑
道後公園内、子規記念博物館付近にある句碑。松山出身の俳人・正岡子規(1867〜1902)を伝える。子規は新聞『日本』で俳句の革新運動を進めた。