内藤鳴雪句碑

内藤鳴雪句碑

道後公園にある句碑。「元日や一系の天子不二の山」を刻む。大正7年(1918年)、俳人・内藤鳴雪(1847〜1926)の長寿を祝う寿碑として旧寮生らが建てた。

内藤鳴雪句碑(ないとうめいせつくひ)は、道後公園の西入口付近にある句碑です。「元日や一系の天子不二の山」の句が刻まれています。

建立の由来

この碑は大正7年(1918年)、鳴雪の旧寮生らの発議により、長寿を祝う寿碑として道後公園に建てられました。除幕にあわせて東京では祝賀の演能が催され、演目「自然居士」のシテを高浜虚子が、ワキを河東碧梧桐が務めたと伝えられます。

内藤鳴雪

内藤鳴雪(1847〜1926)は、伊予松山藩の武士から明治期の官吏を経て俳人となった人物です。旧藩主・久松家の常盤会寄宿舎の監督を務め、そこで学ぶ正岡子規や河東碧梧桐らと交わりました。明治25年(1892年)、21歳年下の子規を俳句の師とし、恬淡・洒脱な句風で知られました。

道後公園の周辺には子規をはじめ松山ゆかりの俳人の句碑が点在し、俳句のまちらしい文学散歩を楽しめます。

出典: 「内藤鳴雪」Wikipedia(CC BY-SA) 最終確認日: 2026年7月

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CHAHARU離れ 道後夢蔵

道後温泉本館の東隣に佇む全7室の高級旅館。各室に源泉引き湯の内風呂を備え、砥部焼や今治タオルなど愛媛の意匠を随所に配する。

CHAHARU BAR.

ホテル『茶玻瑠』1Fの英国調バー。『道後スリング』など地域性を活かしたカクテルと各国ワインを静かな空間で楽しめる夜の一杯どころ。

皇太子殿下駐駕所碑

道後公園内の石碑。皇太子が立ち寄ったことを示す「駐駕所」の碑で、園内散策の際に見られる。

伊月庵

俳人・夏井いつきが関わる、道後の俳句のための庵。句会などの貸しスペースとして事前予約制で利用できる。

御大典奉祝記念碑

道後公園内にある記念碑。天皇即位を祝う「御大典」を奉祝して建てられたもので、園内散策のなかで見学できる。

LA CUISINE JAPONAISE 玻璃(ハリ)

ホテル茶玻瑠3Fのライブ感あるオープンキッチン。和と洋が調和する“道後キュイジーヌ”をビュッフェや会席で。

河東碧梧桐句碑(道後公園内)

道後公園内にある句碑。松山出身の俳人・河東碧梧桐(1873〜1937)を伝える。碧梧桐は正岡子規門下で、新傾向俳句を推進した革新派として知られる。

ウラ道後

2023年開業のネオレトロな大衆遊技場。射的やご当地ガチャ、映えるゼリーアイスが楽しめる。

「石碑・句碑」の他のスポット

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河東碧梧桐句碑(俳句の道)

道後喜多町「俳句の道」にある河東碧梧桐の句碑。松山出身で、新傾向俳句を進めた子規門下の俳人です。

祝谷公民館前の酒井黙然句碑

松山市祝谷の公民館前に建つ、俳人・酒井黙然の句を刻んだ句碑。俳句のまち松山に点在する句碑のひとつ。

夏目漱石句碑

道後公園にある句碑。俳号「愚陀仏」の文豪・夏目漱石(1867〜1916)を伝える。漱石は明治28年に松山へ赴任し、その体験が小説『坊っちゃん』に生かされた。

松山神社の酒井黙然句碑

松山市祝谷東町の松山神社の境内に建つ、俳人・酒井黙然の句を刻んだ句碑。参拝とあわせて見られる。

皇太子殿下駐駕所碑

道後公園内の石碑。皇太子が立ち寄ったことを示す「駐駕所」の碑で、園内散策の際に見られる。

柳原極堂句碑

道後温泉本館前の放生園にある句碑。松山出身の俳人・柳原極堂(1867〜1957)を伝える。極堂は明治30年に俳誌『ほとゝぎす』を松山で創刊し、松山市初の名誉市民となった。

岩堰遊園地の酒井黙然句碑

松山市石手・岩堰の遊園地内に建つ、俳人・酒井黙然の句を刻んだ句碑。散策途上に見られる。

小林一茶句碑

道後公園・子規記念博物館前にある小林一茶の句碑。江戸後期を代表する俳人の句を伝えます。