河東碧梧桐句碑(道後公園内)
道後公園内にある句碑。松山出身の俳人・河東碧梧桐(1873〜1937)を伝える。碧梧桐は正岡子規門下で、新傾向俳句を推進した革新派として知られる。
河東碧梧桐句碑(かわひがしへきごとうくひ)は、道後公園の園内にある句碑で、松山出身の俳人・河東碧梧桐を伝えます。
河東碧梧桐
河東碧梧桐(1873〜1937)は、松山藩士の家に生まれた俳人・随筆家です。明治22年(1889年)、帰郷していた正岡子規から俳句を学び、同級生の高浜清(のちの高浜虚子)を誘って句作を始めました。子規の没後は新聞『日本』の俳句欄を受け継ぎ、五七五や季題にとらわれない「新傾向俳句」を推し進めた革新派として知られ、子規門下では虚子と並び称されました。
句碑のある道後公園は湯築城跡として国の史跡に指定された公園で、園内には子規・鳴雪ら松山ゆかりの俳人の句碑が点在します。
出典: 「河東碧梧桐」Wikipedia(CC BY-SA) 最終確認日: 2026年7月
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道後公園にある石碑。中世に河野氏が約250年本拠とした湯築城の跡を伝える。城跡は国史跡・日本100名城で、園内の湯築城資料館は入館無料。
河東碧梧桐句碑(俳句の道)
道後喜多町「俳句の道」にある河東碧梧桐の句碑。松山出身で、新傾向俳句を進めた子規門下の俳人です。
森盲天外句碑
道後温泉本館前の放生園にある句碑。道後湯之町長を務めた政治家・俳人の森盲天外(1864〜1934)を伝える。子規に師事し「天外」の俳号を受けた。
伊佐庭翁頌徳碑
道後公園にある記念碑。明治27年(1894年)の道後温泉本館改築を主導した初代道後湯之町長・伊佐庭如矢の功績をたたえる。本館は国の重要文化財。
正岡子規句碑
道後公園内、子規記念博物館付近にある句碑。松山出身の俳人・正岡子規(1867〜1902)を伝える。子規は新聞『日本』で俳句の革新運動を進めた。
松尾芭蕉句碑
道後公園にある松尾芭蕉の句碑。俳聖と称される江戸前期の俳人の句を伝えています。
内藤鳴雪句碑
道後公園にある句碑。「元日や一系の天子不二の山」を刻む。大正7年(1918年)、俳人・内藤鳴雪(1847〜1926)の長寿を祝う寿碑として旧寮生らが建てた。
岩堰遊園地の酒井黙然句碑
松山市石手・岩堰の遊園地内に建つ、俳人・酒井黙然の句を刻んだ句碑。散策途上に見られる。