正岡子規句碑

道後公園内、子規記念博物館付近にある句碑。松山出身の俳人・正岡子規(1867〜1902)を伝える。子規は新聞『日本』で俳句の革新運動を進めた。

正岡子規句碑(まさおかしきくひ)は、道後公園内、松山市立子規記念博物館の近くにある句碑です。

正岡子規

正岡子規(1867〜1902)は、伊予松山藩領(現在の松山市花園町)に生まれた俳人・歌人・国語学研究家です。新聞『日本』の記者として明治26年(1893年)から「獺祭書屋俳話」を連載し、俳句の革新運動を進めました。明治28年(1895年)、日清戦争の従軍記者から帰る船中で喀血して重態となり、松山へ帰郷。このとき松山中学の教師だった夏目漱石の下宿に同宿しています。「鳴いて血を吐く」といわれるホトトギスに自らを重ね、その漢字表記「子規」を俳号としました。

道後公園の周辺には子規や門下の俳人の句碑が点在します。隣接する子規記念博物館とあわせて巡ると、俳句のまち松山の歩みをたどれます。

出典: 「正岡子規」Wikipedia(CC BY-SA) 最終確認日: 2026年7月

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御大典奉祝記念碑

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松山観光臨時駐車場

繁忙期など指定日のみ開放される約60台の無料臨時駐車場。

伊予湯岡碑(レプリカ)

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円満寺

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どらもみじ レッド 湯月町

道後温泉本館から徒歩約1分の海鮮居酒屋「どらもみじ レッド」。瀬戸内の刺身や店主の釣果、利き酒師による全国の地酒などを提供している。

伊月庵

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茶寮 花小路

道後温泉 茶玻瑠の2階にある和ダイニング。約270坪の空間にダイニング席・個室・長いカウンターを配し、会席料理とブッフェを提供します。

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石手寺参道の正岡子規句碑

四国霊場第51番札所・石手寺の参道にある正岡子規の句碑。国宝の二王門で知られる石手寺への参拝とあわせて立ち寄れる。

伊佐庭翁頌徳碑

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河東碧梧桐句碑(道後公園内)

道後公園内にある句碑。松山出身の俳人・河東碧梧桐(1873〜1937)を伝える。碧梧桐は正岡子規門下で、新傾向俳句を推進した革新派として知られる。

松山神社の酒井黙然句碑

松山市祝谷東町の松山神社の境内に建つ、俳人・酒井黙然の句を刻んだ句碑。参拝とあわせて見られる。

森盲天外句碑

道後温泉本館前の放生園にある句碑。道後湯之町長を務めた政治家・俳人の森盲天外(1864〜1934)を伝える。子規に師事し「天外」の俳号を受けた。

内藤鳴雪句碑

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