前田伍健川柳碑(俳句の道)

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道後の「俳句の道」(県民文化会館東側の通り)の道後町二丁目側にある前田伍健の川柳碑。「いろいろの歴史道後の湯はつきず」を刻む。

前田伍健川柳碑(俳句の道)は、愛媛県県民文化会館の東側を通る「俳句の道」の道後町二丁目側にある前田伍健の川柳碑です。刻まれているのは「いろいろの歴史道後の湯はつきず」の川柳です。

前田伍健(1889〜1960)は高松生まれの川柳作家で、本名は久太郎。松山に移り伊予鉄道に長く勤め、大正期以降の愛媛の川柳界を盛り立てました。宴会芸として全国に広まった「野球拳」の創始者としても知られます。

碑は「俳句の道」の道路沿いにあり、現地の案内板では道後町二丁目側の碑として載っています。このページの地図の点は道後町二丁目側の区間を代表する位置で、この碑の位置そのものではありません。11基の一覧は「俳句の道」のページにまとめています。

出典: 松山市立子規記念博物館「えひめの句碑」俳句ストリート http://www.haiku-matsuyama.jp/street/968/ / 同「松山ゆかりの人びと」 http://www.haiku-matsuyama.jp/yukari/ / 現地の松山市教育委員会の案内板(協力者撮影、2026年10月18日) 最終確認日: 2026年10月19日

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